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CHIEKOの無駄口

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3月17日(木)   晴れのち曇り

USTREAMにくぎ付けになっていたところで何が変わるわけでもなし、何ができるわけでもないのはよ~く解っているのだけれど、家にいて、練習していないときにはつい、USTREAMを付けっぱなしにしてしまう。
心配してくれているこちらの友人たちから、相変わらず電話、SMS、メールが来ている。中には、「寄付金の宛先を教えて欲しい。」とメールしてくれた友人夫婦も。ありがたいことです。
被災地の方々、原発周辺で避難を余儀なくされている方々、さぞかしご不自由されていることと思います。寒いし。一日でも早く「日常」を取り戻されるように、心から願っております。
最初にアルメニアの首都、エレヴァンに行った時の事を思い出しています。1994年11月半ば。もう初雪も降った後でけっこう寒かったです。アルメニアは1988年に大きな地震にみまわれ大被害を受け、復興もままならないうちに、1991年ソ連の崩壊。アゼルバイジャンと、その中にあるアルメニアの飛び地との戦争で、石油が全く入ってこなくなり、とても大変の状態でした。それでも私が行った1994年には、状況はずいぶんマシになっていたのだけれど、それでも一般家庭で一日2時間くらいしか電気が点かず、暖房は無いに等しい。それでも私たちは、それなりに良いホテル(ほとんどのホテルは営業できずに閉まってました。)に置いてもらっていたので、もう少し電気は点いた。Parisから蝋燭と懐中電灯を持っていっていたので、夜電気が点かないと蝋燭を点けました。各部屋にあるシャワー、お風呂も、電気が消えると水も出なくなるので、電気が点いた時にあわててシャワー。一度はコンサートが終わって帰ってきてみたら電気が点いていたので、みんなそれぞれ急いでシャワーしはじめたら停電。これまた大騒ぎだった。何故か私の部屋だけは何故か水だけは出たので、ちょうど髪を洗っていた私は、冷たかったけど、さっさとシャンプーを流して出たのを覚えています。
コンサート会場は一応、優先的に電気をまわしてもらえるように手配してあったそうだが、私が歌っていた途中で明かりが消えた。すぐさま蝋燭が出て来たけど。
懐中電灯は外を歩く時に主に使い、ホテルにいて夜停電している時には蝋燭を1本立てて2週間過ごしました。こんな生活をしたことはなかったけど、ずっと蝋燭の炎を見つめていて、「火」というものの暖かさが心に染みていくように感じました。滞在期間中が、ちょうど半月くらいから満月を挟んでの2週間だったので、現地の人たちに、「夜が明るい時に当たってよかったね。」と言われたっけ。
最初にアルメニアに行った時の事、しばらく忘れていたけれど、今回、突然思い出しました。
日本人みんな、頑張って!!!
by chie_miko | 2011-03-17 08:36 | アルメニア | Comments(2)
Commented by cdg-a1b2 at 2011-03-19 00:47
こんばんは。そちらでも日本の震災は大きく報道されているようですね。昨日、被災者のこんなコメントにほっとさせられました。
”また街を造るしかないべ。”
この悲惨な状況で、この街の人からこんな言葉を聞くなんて。と驚きましたが、彼らは地震国日本。津波を何度も経験して来られた。三陸の美しい風景を愛して来られた。と言う事が伝わって来ました。
きっと時間がかかっても再生出来ると思います。ここに暮らす方々はこの場所、この風土を愛して来られたのだから。
Commented by chie_miko at 2011-03-19 06:46
> cdg-a1b2殿。
書き込み、ありがとうございます。USTREAMで被災者の方たちの、同じようなコメントを観ました。地震、津波、原発のこと、フランスでもニュース番組のたびにトップで報道されています。第二次世界大戦で、日本中がめちゃめちゃになった後にも、ものすごいスピードで復興し、世界のトップに躍り出た日本です。今回だって!!!