CHIEKOの無駄口

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カテゴリ:父親( 21 )

2月25日(土)   晴れ

21日(火)、熊谷市妻沼の瑞林時で父親の三回忌の法事をしました。2014年12月31日に亡くなっているので、本当はもう遅すぎ。でも、まさか12月31日に法事もできないし、ちょうどこの時期には私も日本に来なければならないので、昨年もこの時期に一回忌をした。
快晴だったけれど、風が強くて。まさに熊谷の冬の天気。お葬式の日も一回忌もこの日も、とっても良く晴れていた。でも、とにかく風が強すぎて、お線香に火が付かない。お供えしたお花も風で倒れそうだった。
お寺のあとは、すぐ近くでみんなでお食事をしてお開き。親戚のみなさま、寒い中本当にありがとうございました。
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by chie_miko | 2017-02-25 21:37 | 父親 | Comments(0)

3月17日(火)   晴れ

3月8日(日)、12月31日に他界した父親の四十九日を、お墓のある瑞林時で行いました。本当の四十九日はもうとっくに過ぎているのですが、私が日本に来るのだったらその時に…、とお寺の住職さんが「遅れても構わない。」と、この日になった。
法要を終え、集まった親戚と近くでお昼を食べて無事終了。これで一応一区切り付いた。
9日(月)~11日(水)には、叔母の直子さんが、家の片づけの助っ人に泊りがけで来てくれた。2011年に父親がケアハウスに引っ越してから、時々家に来ては必要なものを探して引きずり出したりしたまま、とっても散らかっていた家の中。私が片づけようとしても「無暗にいじるな!」と言われ、結局大したことができずそのままになっていた。
家に帰ってきた父親の遺体を寝かせるために、仏壇のある部屋に置いてあるものを従妹たちが一気に別の場所に移してくれたために、居間などが大変なことになってしまった。直子さんが少しずつ地表をあらわにしている間に、葬儀屋さんに最後の支払いを済ませたり、郵便局には3度も行ったし、市役所にも2度行った。幸運なことに我が家はどちらも目と鼻の先。(郵便局が左で市役所が右。まさに右往左往。)走っていた。会計士さんのところにも行き、この先の相続税の申告のために何をしたらよいのかを長々と訊いてきた。4月末に再び日本に行くので、その時にすぐに滞りなく動けるように。
直子さんは11日のお昼に帰り、私は夕方成田に向い、夜10時30分発のトルコ航空でParisに戻ってきた。
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by chie_miko | 2015-03-18 07:50 | 父親 | Comments(0)

1月16日(金)   晴れ時々曇りにわか雨

金曜日恒例、Bloisに出勤する途中です。
日本では、1月5日にお葬式と納骨をすませ、7日の夜成田発、8日朝Paris着のトルコ航空で帰ってきました。Parisを出る前、もうすべて終わってしまって、生きている父親には会えないということがわかり、9日(金)にはBloisで2015年最初の授業が始まるのを踏まえ、日本での私の実働時間が一番長い…、という条件で、初めてトルコ航空(Istanbul経由)で往復しました。
お葬式は私が喪主だし、お葬式後は、すぐに「林建築事務所」を後継者である昌允さんにつつがなくバトンタッチせねばならず、もう一つの、不動産管理の会社「有限林」の先行きも決めてこねばならなかった。
本家の跡継ぎというのは、あまりにも大役過ぎて…。
Parisに帰ってみたら今度はこちらで大変なことが起こっていて…。いつもだったらSoldesで大賑わいのこの時期、何気に静かで、人々が妙に優しい気がします。

ご心配かけて申し訳ありません。私は元気です。
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by chie_miko | 2015-01-17 08:10 | 父親 | Comments(2)

1月1日(木)2015   晴れ

本来ならば、新年のご挨拶をせねばならないところですが、2014年12月31日、父が亡くなりました。
今日の飛行機で日本に行きます。
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by chie_miko | 2015-01-01 18:13 | 父親 | Comments(0)

8月18日(木)   晴れ

放置しっぱなしで失礼しております。やたらと暑い熊谷ですが、節電ということで、あまりクーラーを入れないで頑張っていたら、私でなくコンピューターの方が熱中症のようで、どうも調子が良くない。アップしたい写真も取り込めない状態。電力消費量が下がるお盆になるのを待って、昼頃からクーラーを入れて、使う時にはそれなりに涼しくして使い始めてから、多少調子が戻ってきた。
大阪のコンサートまでやっと書いたまま放置していたもうひとつの理由は、脳の疲労。身体も疲れていたけれど、それよりも頭の中が疲れていて。文章を書くなんてとんでもなかった。そして二日ほど前から「そろそろ書かなきゃ…。」ところがログインが出来ない。なぜか出来ない。そして今日やっとログイン成功。
そうそう、大阪から帰って来た日(8月4日)、夕方6時過ぎに家に着き、はなぶさ苑の父親の携帯に「帰って来たよ。」コールのため電話した。なかなか出ない。やっと出たと思ったら、やたらとまわりがうるさい。「どこに居るの?」「はなぶさ苑。」「なんでこんなにうるさいの?」「盆踊り!」まだ準備中だったらしいが、大騒ぎ。夜9時頃に父親から電話があり、「今終わった…。」盆踊りの後、打ち上げ花火もあったらしい。父親の部屋は4階なので、花火は部屋に戻ってベランダでゆっくり観たという。
老人ばかりだけれど、季節ごとにいろんな行事が行われるはなぶさ苑。小さいながら保育園も併設されているので、昼間は子供たちが遊んでいる場面にも遭遇することがあるらしい。「みんな可愛いぞ。」と父親。
毎日とにかく暑いけど、熱中症などどこ吹く風。酸素ボンベを引きずりながら、バスで元気にあちこち外出しまくっている父親です。
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by chie_miko | 2011-08-18 21:21 | 父親 | Comments(0)

4月19日(火)   晴れ

週末に父親に電話した時に、「月曜日に血液検査をして、それによって退院の期日が決まる。」と言っていたので、今日の昼間に電話してみると、もう明日には退院できるとの事。そしてケアハウス「はなぶさ苑」の方も、叔父が本契約を急いですませてくれたので、明日は病院から直接「はなぶさ苑」に行く、と言っていた。基本的にいつでもしていなければならない酸素吸入の機械も、それに合わせて業者が運び込んでくれる、という。
洗濯機、TV、冷蔵庫は買わねばならないとして、少しずつ自分の生活に必要なものを運ぶことになると思う。私が日本に、実家にいられればケアハウスも必要無いし、父親も自分の家で暮らせるのだけれど、やはりどうしてもそういうわけにはいかない。そうかと言って、Parisに連れて来たところで、言葉もわからなければ生活習慣も違うし、よけいに本人に負担がかかるだけ。結局ケアハウスが一番良い方法なんだろうけど。
明日の日本の夜の時間に、どんな具合かまた電話をしてみようと思っています。
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by chie_miko | 2011-04-20 05:10 | 父親 | Comments(0)

4月17日(日)   晴れ

続きです。
家の片付けも単なるお掃除ではなく、父親が退院した後も、仕事やらなにやらで家に帰ってくるとか、万貴や私が日本に行くとかいう以外は、基本的に誰も住まない…、という前提に基づいているので、とにかく、特に台所は保存できる食べ物、幹物も含めて大々的にお掃除。地震の後片付けもまだ完全に終わってなかったし。
月曜日と火曜日の午前中でケアハウス「はなぶさ苑」に入居の申請をする書類をすべて揃え、火曜日の午後に入居申請に行った。畑の中にリハビリセンターや介護老人保護施設、特別養護老人ホームと建物が並んだところにある。そしてこの施設群のウリは「温泉」。1500m掘って温泉を出したとのこと。
建物の中もさすがにとても綺麗で、書類を提出した後に父親が入るはずの4階の部屋(4階建て)も見せてもらう。個室で小さなキッチンとトイレが付き、約28m2。けっこう大きい。お風呂は各階にある温泉だし、部屋には洗濯機が置けるようになっている場所がある。広いベランダには、洗濯物を干すコーナーも。ケーブルTVやネットのジャックも付いている。食事は3食、あちらで出してくれるし、ベッドは医療用のものが備え付けてあり、父親の場合は、以前心筋梗塞をやった時から要介護1が付いているので、布団もシーツもすべて用意してもらえ、一週間に一度換えてもらえる。お掃除もしてもらえる。後は自分の身の回りのものと、本棚や洋服ダンスの類、小さな洗濯機と冷蔵庫、湯沸かしポット、部屋でお茶やジュースを飲める程度の食器、TV、そして洋服などの身の回りのものを運びこめば良いようになっている。
水曜日の午後に入居審査の会議があるそうで、当日の昼にケアハウスの職員と看護師さんが、病院に父親に直接会いに来た。夕方ケアハウスの方から「審査をパスしたので、本契約に来てください。」という旨の電話があった。本契約は叔父が面倒を見てくれるということで、一安心。怒涛のような三日間でした。
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by chie_miko | 2011-04-18 06:06 | 父親 | Comments(0)

4月16日(土)   晴れ

前回のブログの続きです。
どこの国でも、老人のための施設は不足しているのだが、偶然、熊谷市内で昨年9月に開いたばかりのケアハウス「はなぶさ苑」に、まだ空きがあるとのこと。叔父が資料をもらってきてくれており、父親自身も納得したようなので、早急に申し込みをすることになった。
私は10日(日)に日本に着き、普通だったら成田エクスプレスで東京駅、長野・上越新幹線で熊谷まで…、というはずが、節電のために、ちょうど成田エクスプレスが止まっている時間帯に当たってしまったので、快速に乗って東京駅まで。新幹線で熊谷に着き、その足でバスに乗って、父親の入院する埼玉県立循環器・呼吸器病センターへ。
もともと痩せている父親が、もっとやつれているのかと思ったけれど、そのわりにゲッソリしておらず、少しほっとした。
そこで「はなぶさ苑」のパンフレットを見せてもらう。パンフレットの写真って、いつでも実際より綺麗に写っているものだけど、これは本当に綺麗。新しいことは確かなので、ここに空きがあったのは本当にラッキーだったかも。
翌月曜日の朝イチに銀行に行き、お金を引き出して税金を払わねばならないお役目があり、通帳と印鑑のおいてある場所を聞く。
月曜日には軽井沢に住む、叔母(亡くなった母方)の直子さんが、一晩泊まりで実家の片付けの応援に来てくれた。なにしろ緊急入院だったので、家の中、特に台所がぐちゃぐちゃなままに決まってる!プラス、もう家で生活しないとなると、冷蔵庫の中身などもきちんと整理しないと大変なことになる。私の方は事務仕事と外回りでいっぱいいっぱいで、とても家の片付けまで手が回らないだろうと、予めParisから直子さんに電話してお願いしておいた。大正解!!! 月・火・水と外回りと病院との往復で、もしも私ひとりだったら、とても家まで手が回らなかった…。
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by chie_miko | 2011-04-17 05:53 | 父親 | Comments(0)

4月15日(金)   曇り時々晴れ

予定通り、昨晩Parisに戻って来ました。9日(土)にParisを出て10日(日)に成田に着き、11日(月)~13日(水)、そして14日(木)朝に帰るという、実質3日間の日本滞在。今、ひたすら疲れてます。
実は3月末に父親(85歳)が入院して。3月の初旬頃まで、けっこう忙しく仕事をしていたようですが、それが一段落した頃に東日本大震災。まだ寒かった中、計画停電やら何やらでひどい風邪を引き、気管支炎になってしまった。こちらから電話した時に、あまりの咳のすごさに吃驚した。(万貴も同じ事を言ってた。)医者にちゃんと行ったけれど、なかなか良くならないうちに肺炎になってしまっていた。本人はあまり重大に考えず、普通にしていたようだが、3月25日、いつものように階段を昇っているうちに、いきなり息が苦しくなったらしい。本人はてっきり心臓だと思って(数年前に心筋梗塞を起こしている。)すぐ病院に電話をして、自分で!!!病院に行ったそう。病院側も心臓だと思い、すぐさま検査をしたが、特に急に悪くなった様子もなく、肺を検査してみたところ、以前からあった肺気腫が突然ひどい状態になっているのが解ったという。
父親は、心筋梗塞を起こすまで煙草をずっと吸っていて、心臓を病んだのをきっかけに煙草を止めた。それでもすでに軽い肺気腫があり、肺気腫は一度なったら絶対に治らないので、悪くしないように気をつけてはいたのだが…。
肺炎と肺気腫でその場で入院。酸素吸入。
日本から連絡をもらったときには本当に吃驚した。肺炎が治り症状が落ち着いても、多分酸素吸入のボンベを持ち歩くような生活をせねばならず、もう今までのような一人暮らしは無理であろう、との事。
別に今すぐ命がどうこうというのでは無いにしろ、これは大変な事には変わりなく、施設を探さねばならない。入院中の病院のアドヴァイザーが叔父と私の従兄に、どんなところが熊谷にあるのか、いろいろと説明をしてくれたそう。
続きはまた明日書きます。
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by chie_miko | 2011-04-16 04:40 | 父親 | Comments(4)

12月21日(火)   小雨

父親の話をちょっと。先週の金曜日に再び病院に行って、ギブスというか、コルセットのようなものをはめてもらったようです。まだ慣れないので、何気に動きにくかったりしているみたいですが、しっかりと固定されている分、ずいぶんと楽だと言っていました。何よりも「少し時間はかかるけれど、治る。」と、お医者さんにと言われたことが、父親本人にとってはとても励ましになったようです。
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by chie_miko | 2010-12-22 07:16 | 父親 | Comments(0)